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少子化っぽい話

痛いニュース(ノ∀`):「なぜ経済の豊かな日本で子どもが減るのか?」 少子高齢化世界ワースト1位の日本に海外から強い関心

私はこどもが減ったのはリスクの増大だと考えます。一つに教育の長期化です。
教育の長期化は、子どもが労働力として働き始める年齢の上昇と、それにかかる親の金銭的精神的負担と拘束時間の増加を意味します。
また、子どもにとってのお金の問題でもあります。教育に掛かる期間が長くなればその子が結婚するための経済的バックグラウンドの構築が遅くなります。大卒初任給を得るのは22歳以上からです。それから昇給を重ね経済的基盤を築くわけです。これが不況によって順調でなくなったり晩婚化に関わっていたりしていればうれしいです。
二つに月並みですが核家族化とコミュニティの衰退です。これにより子どもに掛かる負担は絶大に増えます。それは子育ての問題であり、他の生活全般に関わる問題でもあります。

などと言いましたが自分でもこりゃ全然ちげーよと思います。構造的な問題と社会的な問題と個人的な問題が含まれる、てゆーか全部が問題な問題だと思います。だから少子化へのアプローチは延々と拡大し収拾がつかなくなるとも考えています。私は少子化を問題としないのであれなんですけれども。

話はずれますが、私が問題とするのは、生まれてきた子どもたち(及びその育ての親)に対して可能な最高のバックアップが出来る世の中をどうやってつくるんかという話です。それは制度に丸投げのものでなしに、社会的な力―それでもそれは強制や内心の侵害によらない個人の自発的な意思に基づくものであるわけですが―にも大きな役割を認めるものです。もちろんこの二つに限ったことでは有りませんし、他のいかなるアプローチも考えられるわけですが。
んでその結果少子化になろうがどうなろうが知ったことではありません。

またも妄想を垂れ流したわけですが、肝心なのは子どもの数が増えた減ったという話ではないことが言いたいだけでした。すいません。だって経済情勢や産業構造を少子化の一因に求めたりしたってあまり意味がない気がするんですもの。
まあ私が申し上げることは、段階を無視して一足飛びに理想だけを語る不毛以外の何ものでもないわけですけれど。
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| 雑記 | CM 0│ 2009. 05. 11(Mon) 22: 15 |

F1っぽいこと。

フェラーリがF1撤退へ…FIAのコスト削減策に反対 | Response.
トヨタに続きレッドブルも来季ボイコットか(TopNews) - Yahoo!ニュース
F1大ピンチ!予算削減問題で一触即発の危機(サンケイスポーツ) - Yahoo!ニュース
トヨタ「このままでは来季エントリーはできない」。予算制限制に反発(AUTOSPORT web) - Yahoo!ニュース

あらあら。
私は規制はいいと思います。いいというよりどうでもいいというほうですが、折角やるのなら資本の少ない企業やプライベーターがもう少し参加しやすい状況にしてほしいし、個人間チーム間の実力の差が技術的な水準の差異におんぶだっこな状態をちっとくらい解消するようにしてほしく、それに資する規制を望みます。
今回の規制では上記の話は解消できそうなんですが、規制に合理性がないように思えまして(毎年のことだけど)、複数のチームが存在する意味やF1の最高峰たる所以をどこに求めたらええねんという話になりそうなので、私は今回の規制の方法について反対です。
これまでのレギュレーション規制で私にとって「?」と思う点は多々ありましたが、今回の予算制限とそれに伴うアドバンテージの付与も「?」です。意味わかんないもん。金かからん道楽じゃないF1てF1じゃないじゃないですか。
予算やエンジン、車体の構造に関する技術的・形式的な規制は要りません。ティレルでもいいんです。やることつったら安全性耐久性とか排出量規制とかレース以外のテスト開発等に掛かるゴミ出しまくり規制とかでいいんじゃないのとか思うわけです。
でもそうするとやっぱり資金力のあるチームが勝っちゃうことになるか。それに低予算参入も難しくなっちゃうし。うーんじゃやっぱり今回の規制は妥当なのか。でも目的のためなら糞GPになってもいいってのはどうなんでしょうかー。

そんなわけで今回の各チームの反応は当然だと思いました。お金のないチームにとっては悪い話ではないですね。
これでSAF1が復活とかになればよかったんですけど、そんな思いははやくも崩れ去ってしまいましたよ。復活の可能性無しと堂々と書かれていました。

| 未分類 | CM 0│ 2009. 05. 13(Wed) 21: 35 |

5月15日(金)

今日は大関が全員勝ったのでよかったねという話。まともな勝ち方だったので好感。上位陣はこうでなくては。
白鵬は立ち直ったように見えたけれども、朝青龍のほうは結構危ないように見えた。舞の海さんがそう言ったから書いた訳ではないよ。私にだってそう見えてしまったんだい。なんで危なく見えたのかよく分からないけど。
巷で注目の取組は稀勢の里と琴奨菊の対戦。琴奨菊が力強い攻めにより勝利。稀勢の里の連勝は止まり両者5勝1敗に。いつも彼らの取組に期待させられることが多いが(放送席が煽るし)、毎回しょぼい取組を見せられることが多かった。一応今日はそれなりで安心。でも一方的な展開になることも多いのかな。
それにしても昨日の千代大海と豊真将の取組はドタバタしてて笑ってしまった。好きですよ、ああいう動きがありすぎるの。

金とく 殿様は見た!~尾張藩主徳川慶勝が撮影した幕末~を見る。
いやー素晴らしかった。惜しむらくはこれがローカル放送だったという。全国に流すべきだよこれは。

| 未分類 | CM 0│ 2009. 05. 15(Fri) 21: 06 |

5月16日(土)

今日も横綱大関陣勝ちましたねーめでたいことです。これで後半戦の大関同士乃至横綱対大関の取組も面白くなれば尚の事好しでございます。
豊真将の調子が芳しくありません。前場所は確か2桁勝利だった気がするんですが(その前もいい成績だったよーな記憶があるよーな)、どうしてしまったのでしょう。土俵上の礼儀もよく寺尾のお弟子さんであるので私は彼を応援しています。

| 未分類 | CM 0│ 2009. 05. 17(Sun) 00: 52 |

5月17日(日)

NHKスペシャル|マネー資本主義 第2回 “超金余り”はなぜ起きたのか? ~カリスマ指導者たちの誤算~を見る。
見るとはいってもちらちら視界に入る程度に見る。だって真面目に見たってさっぱり理解できないんだもーん。
オープニングたまらん。そいで盛り上げ方がうまい気がする。言ってる事は分かんないけど「こっからくるよ!ここきてるよ!」的な感じがいいのよ。
今回はなぜかドラマパートもあって、これはどうざんしょね。いらなかった気もするんだけど、なかったらドキュメンタリーで埋めるんでしょうけども、単調なのを避けて第1回とは構成を変えたかったのかな。まだ第3回もあるし。個人的にはドキュメンタリーで通して欲しかったよーな。

五月場所中日八日目を終えました。琴欧州と千代大海が3敗に後退しました。日馬富士千代大海戦は、千代大海がころっと負けるかなーと思ってたんですが、善戦したのでよかった。角番脱出まであと3勝だけど、上位陣との対戦ばかりですからどうなっちゃうかなあ。鶴竜は小結だし大して勝ってないので、琴欧州には正面から当たってもらいたかった。

| 未分類 | CM 0│ 2009. 05. 17(Sun) 23: 29 |

5月18日(月)

世界遺産への招待状「スロバキア 笑顔の東欧 安らぎの小国へ」を見る。
素晴らしすぎた。でてくる女の子が皆かわいかった。まったくもってけしからん。

・紹介された世界遺産
スピシュ城
バルデヨフ市街保護区
カルパチア山脈木造教会群

| 未分類 | CM 0│ 2009. 05. 18(Mon) 22: 54 |

5月21日(木)

暑い。ここ2,3日で一気に暑くなった。もう夏バテかも知れないよ。

浮世絵 よみがえる幻の色 - 見どころ|NHK ワンダー×ワンダーが昨日深夜にやっていたので見ました。
すげかった。版木があったので、じゃあ新しく版木彫って絵の具も当時の再現していっちょ刷りましょうって思考がすごいと思った。出てきた版木の色分析すれば全部再現できるんじゃねと思ってしもうた。そんでもって達人すごい。
江戸時代末期の浮世絵の作成は絵師・彫師・摺師に分かれてなされており、さらに彫師の中でも分業があったらしいです。毛割りは親方がやってたらしかった。他の職業に関してはよく分かりませんでした。
当時これほど詳細な分業体制が敷かれていましたが、現在は版画家一人が全部やるみたいな感じらしくて、なんだか寂しい気がしますね。それは決して技巧の衰退や喪失を嘆くわけではなしに、ただ「芸術」として昇華された結果が、個人のものになってしまうような感覚が何とも寂しいような気がするということです。や、別に浮世絵のことを言ってるわけではないですし(そもそも今の木版画家が浮世絵なんてやらんし)、浮世絵が姿を消した理由も知りませんが、なんとなく言ってみたかったりして。

大相撲十一日目
岩木山対垣添と、時天空対阿覧の取組がすげーよかった。凌ぎの連続と逆転に次ぐ逆転とで、興奮する取組でした。

| 未分類 | CM 0│ 2009. 05. 22(Fri) 01: 41 |

5月24日(日)

日馬富士関優勝おめでとうございます。優勝決定戦は白い方が勝つかなーと思ってたのですが、立会いから日馬富士が回しを左奥にがっちりと掴んで、白鵬は回し取れず不十分。下手投げで白鵬に土がつきました。
13日目の取組では、攻めあぐねた日馬富士をどっしり構えた白鵬がすそ払いで下したので、まだ力の差があるように見えましたけれども、そういうわけでもなかったようです。
てか琴欧州戦でもこれ日馬富士負けたなとか思ったんですが、カロヤンが体寄せた途端に首投げですからね。あの体勢からよくも巻き返したものです。来場所は綱取りでしょうか。ドルジはともかく白鵬とも差がなくなってきておりますから、本当にどうなるか分かりません。

稀勢の里は千秋楽も勝って13勝を上げ、結果的に朝青龍よりもいい成績になりましたね。今日の取組で、日馬富士がカロヤンを破る時まで優勝可能性は残っていたわけですから、こちらもお見事です。
来場所は三役スタートでしょうか。大関目指して頑張っていただきたいです。勝ち越したときは毎回言われている台詞でしょうが、期待したいです。今場所のように取りこぼしがなければ、大関にふさわしい強さがあると思うのですけれど。

13日目の朝青龍対琴欧州戦、14日目の白鵬対琴欧州戦は素晴らしかった。カロヤンが宙に舞ったドルジの上手投げも、カロヤンが一貫して攻め白鵬の背中にべっとりと土をつけた上手投げも見事でした。

千代大海も勝ち越しおめでとうです。魁皇・千代大海・琴光喜は相変わらずのハチナナですが、勝ち越せば大関のものです。前半は白星先行して後半は上位との対戦で失速するんですが、勝ち越しを決めた後の取組はとくに目も当てられません。今日最もどうでもいい取組の一つは魁皇対琴光喜戦だったことは確かでしょう。
それにしても把瑠都は面白かったです。チヨスの寄せに空気投げのように吹っ飛ぶ様は笑い転げてしまった。

豊真将が千秋楽で初白星。やはり体の硬さ(反応の鈍さ?)があるような動きでしたが、根性で嘉風を寄り切った瞬間は感動しました。本当によかった。

| 未分類 | CM 0│ 2009. 05. 24(Sun) 22: 18 |

5月25日(月)

今朝NHKのおはよう日本の特集で「〝辞書引き学習〟で国語力向上を」というのをやっておりましたけれども、これは素晴らしいなあと思いました。以前から耳にするものですから、その重要性や効果は至るところで述べられております。ですから、個人的に羨ましいなと思ったことを申し上げておきます。
それは自発的に芋蔓式に学ぶ姿勢です。インタビューに出ていた子は、新聞などを読んで分からない単語が出てきたら調べ、さらに調べた中に分からない言葉がでてきたら調べる、という癖がついていたのですね。学習を学習と意識せずに行う状態と言うのは、学習における理想的な状態だと思います。私には出来ません。単語においても読書においても参考文献に当るときにおいてもそうです。億劫で仕方がなく、結局やらない。意味が分からず分かろうともしないことが、どれだけ学ぶ範囲を制限することになるでしょうか。
上記の学びの姿勢が自然に身体に染み付いていることが、どれほどの財産であることかと感じます。

「なぜ国語を学ばなければならないのか」というフレーズを屡々耳にいたしますが、その一因は日常的な日本語と学習における国語とを、同一とみなすからだと考えます。鈴木孝夫氏の「ことばと文化」(1973/岩波新書)に「辞典は言葉の意味を説明」せず、定義を述べるに過ぎないとしておりまして、私はこれを是認します。日常的な国語には循環定義に陥る言葉が多分に含まれております。それは辞書によって「更にやさしい一語またはいくつかの言葉の単なる羅列で置き換えができないもの」のことで、例えば「石」や「痛い」「楽しい」と言った単語です。
石についてYahoo!辞書で調べると、「岩石の小片。岩よりも小さく、砂よりも大きなもの。」
岩について「石の大きなもの。岩石。いわお。」
砂について「石のごく細かいもの。すな。」
このようにトートロジーになってしまい、結局何も説明しません。こういった言葉の意味は、文化的な日常生活において経験的に付与されます。言葉の意味だけでなくその組み立て方も同様です。しかし、それは日常生活を送ることを可能にする程度のものに過ぎません。つまり、日常的な国語のみでは経験の世界、しかも自分の周囲の限られた経験の世界しか説明できないのです。
それらを論理や抽象の世界にまで押し広げ表現可能にする役目が、学習における国語が担うものの一つと私は考えます。教育現場において自らが国語を学ぶときは周囲も学ぶわけですから、結局日常に還元できることが多いので、「なぜ国語を学ぶ必要があるのか」という錯覚に陥るわけでもあります。ただ、そのことを意識すれば、国語の学習には価値があるということも分かるはずです。
などと訳の分からないことを書きましたが、最終的に言いたかったことは「国語力」って何やねんってことです。またマスコミが変な単語を作り出したのかなと思ったら、文科省が使い始めたんですね。○○力て。変な新書じゃないんですから。

| 雑記 | CM 0│ 2009. 05. 25(Mon) 22: 32 |

5月28日(木)

どうでもいいことなのだが、ここでの書き方を常体か敬体かどちらで統一するか迷っている。散々適当に上げといて今更である。
真面目な本のお堅い文章も良いし、『歴史とは何か』(E.H.カー著/清水幾太郎訳)の文章のように、妙に丁寧な表現も好きだ。あれが正しい文法に則っているのか分からないが。
個人的に、語彙が貧弱な人間が常体を用いて文章を書くと滑稽になると思っている。おまけにきちんとした文章を書いたことのない人間ならばなおさらである。
というわけで敬体で書こうと思ったのだけれども、上の欠点が有ればこちらも当然ダメなものになるわけだ。いい歳こいて変に頭の足りない文章を書くヤツだと思われる。

そもそもこの辺境に足を運ぶ人間などそう滅多に居おらず、自らの欠点など気にする必要もないのである。訪問者だって日々私を含めて一人か二人だ。むしろ私と巡回スクリプトだけだ。したがってこれからも適当に書けばいいだけのことである。まったく真面目に考え(てないけど)たことがばからしい。

| 未分類 | CM 2│ 2009. 05. 29(Fri) 00: 10 |

5月29日(金)

J-CASTニュース : 「殺人でもこんなに重くない」 識者も驚く福岡ひき逃げ高裁判決
量刑の基準を知らないし事実関係も分からないもんだから、これが妥当な判決なのかは判断しかねるが、「殺人でもこんなに重くない」ってどうゆうことなんだろうと思った。殺人罪に当らない原因において自由な行為であったり行為が故意未満の意思に基づいたものであったりすれば、どれほど大規模な被害を惹起しても一般的な(?)殺人における平均的な量刑よりも常に軽くあるべきだと考えてよいのでしょうか。
それともこの個別的事案における判決が一般的な殺人による量刑よりも重くなると判断できなかったからそう言ったのでしょうか。あるいは危険運転致死傷罪が適用された際の量刑は殺人の量刑を上回るべきではないと考えているのか。どんな風に運用されるかは判例の積み重ねで形成されるのでしょうか。例えば「この罪が適用された際の相場は2~3年」みたいな風潮が何年もかけて出来上がる、みたいな。

非常に頭の軽い文を書いています。ですが、司法関係者がおっしゃる「違和感」ですとか「厳しい」といった発言が、どういった理由に基づいて発せられているのかが気になるのです。それは当然「厳罰化の流れ」がある、「結論ありきの判決」だとおっしゃられればそうなのでしょうが、それでは意味がありません。問題提起にすらならないのです。彼らが驚き我々が当然だと言い、おそらく互いの理解も深めようとせず、結局は社会通念という名目の下に厳罰化へと向かうでしょう。
「識者も驚く」は「識者しか驚かない」と言い換え可能ではないでしょうか。「殺人でもこんなに重くない」とはいえ、殺人罪適用時の量刑を知る人間はどのくらいいるでしょうか。この罪は殺人罪よりも重くすべきでない根拠はなんなのでしょうか。いつ誰が示してくださったでしょうか。

裁判員制度最高ウハウハと申すつもりはありませんし、むしろこれは両者の溝を広げるように思っとりますが、両者の認識の乖離を示す制度としては目を見張るものがあります。一般の方々が裁判のプロセスに参画することは決定的に重要でないと考えています。特別な訓練を受けた人々の内部に一般人を無造作に放り込んでも、殆ど弊害しか生じないでしょう。
じゃあどうすればよいのかと言うと、どこでも言われるように外部からのプロセス可視化とアクセスの超容易さが大切だと思うわけですが、裁判所がオープンになったからと言って市民の意識が劇的に変わるなど有り得ません。
いっちばん大事なのは「何で刑法のこの罪の量刑は1年以下なの?」とかそういった超基本的な事項、だけど決定的に難しい事項に関するお話だと思うのです。例えが量刑の妥当性とはいえ、これは罪の個別的な事件への適用の話をするのでなくて法律の定め方の範疇の話を深めるっつうことです。我々が司法関係者と意識が乖離しまくっているのは、法律に対する根本的な解釈若しくは理解が完全に相違しているからだと思います。法(哲学)教育はガキの頃からされるべきです。法は最低限の道徳とみなされますから公教育にも馴染むでしょう。国語や道徳の授業のように訳分からん解釈を一方的に押し付けられることもあるだろうが、少なくともそれらより論理性を要求されるものでもあります。そもそも法を最低限の道徳の実現とみなす限り、市民が法文を知ることは言うまでもなく法の根拠を知ることが人間社会にとって強く要請されるところのものではないでしょうか。
その結果に刑法の各規定への疑義ないし禁固や懲役よりも労役義務や賠償義務の拡大と言ったより合理的な被害者救済を尊重する仕組が一般から提出されたり、民事になりますが日本国に大きく委ねられた司法の枠組を縮小し国家のみが権利を保護する役割を持ちうるという意識が緩和されるのを期待したりするんですが、んなうまく行くわけないですよね。しかし脱線しすぎ。とりあえず法律が法律家の独占するものである限りこの手の齟齬は永遠に解消されないと思います。

| 雑記 | CM 0│ 2009. 05. 30(Sat) 01: 40 |

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